岐阜中山道ロータリークラブ 命名の由来

RC命名の由来

中山道はかつて、東山道と呼ばれた街道が、西暦1600年の関ヶ原の合戦直後から徳川家康の政治的意図により一部路線を変えて新たに定められ、木曾街道として栄えました。

徳川幕府が制定した主な街道は、江戸を中心とした東海道、東山道(中山道)、日光街道、甲州街道、奥州街道の5街道ですが、東海道五十三次と言われる東海道の宿駅は、西暦1602年ころから、定められています。

中山道も西暦1602年頃から道路が改修され、一里塚が築かれ着々と宿駅も出来ていったようです。

日本橋を東から西へ渡ると東海道、西から東へ渡ると中山道で、江戸を出立して132里22町、約520kmの長い道程の中山道は大津の駅で終わります。

ところで中山道全部で六十九宿の内、岐阜県には16の宿場があったようです。

中山道の前身である東山道は、大化の改新の設置と言いますから西暦645年頃には出来ていたようです。

つまり中山道は1400年近い歴史を刻んできた古い道だといえます。

岐阜中山道ロータリークラブの名前は、歴史的な重みを持つ「中山道」の名前に恥じないクラブ創りを使命とし、大きな希望と満帆船出を期待されて命名されたものです。